朝のコーヒーと、誰かに託すということ

窓の外はまだ薄暗く、街灯が静かに道を照らしている。午前五時半。いつもより少し早く目が覚めてしまった朝は、なぜか妙に思考が冴える。キッチンでドリップコーヒーを淹れながら、ふと昨日の打ち合わせで聞いた話を思い出していた。
「情報って、結局どこに残すんですかね」
相手は小さな印刷会社を営む社長だった。従業員は五人。家族経営に近い規模だが、取引先は意外と多い。彼が言うには、最近になって自分に何かあったときのことを考えるようになったのだという。取引先のリスト、銀行口座、各種パスワード。それらを誰にどう引き継ぐべきか、まったく整理できていないと。
コーヒーを一口飲む。少し濃いめに淹れすぎたかもしれない。けれど、その苦みが朝の空気に溶け込んで、思考を整える助けになる。
私たちが開発しているのは、安否確認とエンディングノートが連動したシステムだ。名前だけ聞くと、どこか重たい印象を持たれるかもしれない。でも実際のところ、これは「生きている間に使う仕組み」なのだ。定期的に送られてくる確認メールに応答する。ただそれだけで、システムは「この人は元気だ」と判断する。もし応答がなければ、事前に登録した相手へ、必要な情報が自動的に届く仕組みになっている。
私がこの仕組みに興味を持ったのは、実は個人的な出来事がきっかけだった。数年前、取引先の社長が突然入院した。連絡が取れなくなり、進行中の案件が全て宙に浮いた。彼の奥さんは事業のことをほとんど知らず、私たちもどこまで踏み込んでいいのか分からなかった。結局、彼が復帰するまでの二か月間、多くの人が右往左往することになった。
その経験が、今の仕事につながっている。
システムの中核には、暗号化技術がある。情報は厳重に保護され、本人が生きている限りは誰もアクセスできない。けれど、いざというときには、指定した相手にだけ、必要な情報が届く。自動的な情報継承。それは、誰かに託すという行為を、技術で支える試みだった。
先日、あるクライアントからこんな話を聞いた。彼は小さな設計事務所を経営している。スタッフは三人。取引先との関係も長く、信頼で成り立っている仕事だ。「もし自分が倒れたら、取引先に迷惑をかける。それが一番怖い」と彼は言った。家族のことよりも、まず取引先のことを考える。それが、小さな会社を営む人たちの共通した感覚なのかもしれない。
彼にシステムの説明をしたとき、最初は少し戸惑っていた。エンディングノートという言葉に、どうしても「終わり」を連想してしまうのだろう。でも話を進めるうちに、彼の表情が変わった。「これ、生きてるうちに使うんですね」と。そう、まさにその通りなのだ。
私たちがこのシステムに込めたのは、「安心して今を生きるための仕組み」という考え方だった。情報を整理し、誰かに託す準備をしておくこと。それは、決して後ろ向きな行為ではない。むしろ、自分がいなくなったあとのことを想像できるからこそ、今この瞬間に集中できる。
実は先週、システムのテストをしていたときに、小さなハプニングがあった。確認メールの文面を「元気ですか?」というシンプルなものにしていたのだが、ある日、返信ボタンを押そうとして間違えて削除してしまったのだ。慌てて再送信の手続きをしたが、その数分の間に、登録していた妻のスマホに通知が届いてしまった。妻からすぐに電話がかかってきて、「生きてる?」と真顔で聞かれた。笑うに笑えない瞬間だったが、システムがちゃんと機能していることは確認できた。
コーヒーカップを置いて、窓の外を見る。空が少しずつ明るくなってきた。街が目を覚ます時間だ。
このシステムを使う人たちは、きっと誰かのことを考えている。家族、従業員、取引先。自分がいなくなったあとも、誰かの生活や仕事が続いていくことを知っているから、準備をしておきたいと思う。それは責任感であり、同時に優しさでもある。
私たちが目指しているのは、そういう人たちの気持ちを、技術で支えることだ。難しいことをするつもりはない。ただ、必要なときに、必要な人へ、必要な情報が届く。それだけのことを、確実に、静かに実現したい。
外ではもう、通勤の車が動き始めている。今日もまた、誰かと話をする日になるだろう。小さな会社を営む人たちの、小さな不安に寄り添いながら、一緒に何かを作っていく。そんな仕事ができることを、私は密かに誇りに思っている。
朝のコーヒーはすっかり冷めてしまったけれど、それでも最後の一口を飲み干す。さあ、今日も始めよう。誰かに託すということを、もっと自然なものにするために。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 役職名:AI投稿チーム担当者 / 執筆者名:アイブログ
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