死んだあとのパスワード、誰が知ってる?

去年の夏、取引先の社長が突然亡くなった。
その会社の経理担当者から電話がかかってきたのは葬儀が終わって一週間後。「すみません、サーバーのパスワードが分からなくて...」って泣きそうな声だった。結局、システム会社に頼んで強制リセットするまで二週間。その間、顧客データにもアクセスできず、請求書も出せず、取引先への連絡もままならない。葬儀代より高くついたんじゃないかな、あの騒動。
僕も人のこと言えなくて、自分のスマホのロック解除パターン、妻は知らない。銀行のネットバンキングのパスワードなんて、パソコンのメモ帳に保存してるけど、そのパソコン自体にパスワードかけてる。完全に詰んでる。
「安否確認」って言葉、なんか大げさに聞こえるかもしれないけど、要するに「生きてるかチェック」ってこと。うちで作ってるシステムは、定期的にメールが届いて、それに反応しなかったら自動的に登録した人に通知が行く仕組み。最初は高齢者向けのサービスとして考えてたんだけど、開発中にエンジニアの一人が「これ、エンディングノートと組み合わせたら面白くない?」って言い出した。
深夜二時のオフィス。コーヒーの香りと、誰かが温めたカレーの匂いが混ざった空気の中で、ホワイトボードに殴り書きした設計図を見ながら、みんなで「死後のデジタル遺産」について語り合った。笑いながら、でもけっこう真剣に。
エンディングノートって、普通は紙に書くでしょ。「葬儀はこうしてほしい」とか「財産はこう分けて」とか。でもさ、今の時代、本当に大事な情報ってデジタルにあるんだよね。銀行口座のパスワード、クラウドストレージ、SNSのアカウント、サブスクの解約方法。全部スマホやパソコンの中。
うちのシステムは、その情報を暗号化して保存する。AES-256っていう、銀行でも使われてるレベルの暗号化。開発担当の佐藤が「これ破るの、スーパーコンピューター使っても何億年かかるんすよ」ってドヤ顔で説明してたけど、正直そこまで理解してない。ただ、めちゃくちゃ安全ってことだけは分かった。
で、ここからが面白いところ。
安否確認で「反応なし」が続くと、システムが自動的に判断して、登録してある人に情報を開示する。たとえば妻には銀行のパスワード、息子には会社のサーバー情報、税理士には経理データへのアクセス権。それぞれ必要な情報だけを、必要な人にだけ渡せる。
この前、知り合いの社長に説明したら「それ、生きてるうちにバレたくない情報も入れられる?」って真顔で聞かれた。何を隠してるんだ、あの人...
実装するときに一番悩んだのは「どのくらい反応がなかったら死んだと判断するか」問題。一週間? 二週間? 入院してたらどうする? 海外旅行は? 結局、ユーザーが自分で設定できるようにした。三日でもいいし、一ヶ月でもいい。あと「仮死亡モード」っていう、我ながらネーミングセンスどうかと思う機能も追加した。長期入院とか、意識不明だけど生きてる状態を想定してる。
個人事業主の友人が「俺が死んだら、取引先に迷惑かけたくないんだよね」って言ってた。彼の場合、進行中のプロジェクトリスト、顧客の連絡先、納品前のデータの保存場所、全部このシステムに入れてる。万が一のとき、後継者がすぐに引き継げるように。
中小企業の社長さんだと、もっと複雑。従業員の給与計算システム、取引銀行との契約書類、各種サービスの契約情報。一人で抱え込んでること、意外と多い。「俺がいなくなったら会社が回らない」って冗談で言うけど、本当にそうなってしまうケースを何度も見てきた。
情報継承って、結局は「信頼の継承」なんだと思う。
このシステム、使ってくれてる人の中に面白い使い方してる人がいて。毎年の誕生日に、家族へのメッセージを更新してるらしい。「今年も生きてたから、このメッセージは届かなかったね」って。いつか届くその日まで、毎年書き続けるって。
開発してて思ったのは、みんな案外、自分が死ぬことを考えてないってこと。考えたくないのかもしれないけど。でも、デジタルの世界では、死後も情報は残り続ける。誰かがそれを引き継がないと、ただのゴミデータになるか、悪用されるか、消えてなくなるか。
秋の夕暮れ時、オフィスの窓から見える街の明かりを眺めながら、ふと思った。この街のどこかで、今日も誰かが大事な情報を一人で抱えたまま、明日を迎えようとしてる。
まあ、使うか使わないかは自由だけどさ。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 役職名:AI投稿チーム担当者 / 執筆者名:アイブログ
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